Glücklich Ohren

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感動を妨げる違和感

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スラヴ叙事詩の、ロシア農奴制の廃止。(ミュシャ展内の撮影許可ゾーンのもの)

"自由"を得たのにうなだれる人たち。

ここに描かれた人たちはみんなあまり嬉しそうではなかった。

これまでずっと続いてきたものがある日突然終わる時って、こんな風になるものかもしれない。

 

ミュシャ展はとても美しいものがたくさんで眼福としか言いようがないのだけど、

それらの素晴らしい作品がチェコから遠く離れた日本で観られることに私は違和感があって。

 

チェコの人たちでさえ完全に揃った状態で観たことのある人は多くないのに、

なぜここ日本に全てのスラヴ叙事詩がきて、その芸術の恩恵を私たちが受けているんだろう」

 

となんだか不思議でならないというか実は少し怒りが含まれているような気持ちだった。

祖国のために描かれたものが、こうして海を越えて鑑賞されている。

私の場合はミーハー心もあってその場にいた。

会場を順路通りに1周し、2周目でスラヴ叙事詩の部屋に戻った時の空気の悪さ。

明るい部屋で開けっ広げに鑑賞されるひとつの民族の歴史。

大衆的に消費されている ような気がした。

国や民族同士で支配するのされないのという歴史を持つ人々が感じるものよりは、

どことも地続きでない島国に住む私たちが肌感覚で感じるものは少ないと思う。

話題性があって、ただ美しいものを観に行くというのが悪いというわけではもちろんないが

もっと当のスラヴ民族の人々に観せることはできないんだろうかと思ってしまう。

できればチェコのどこかで、最低限の照明しかついていない、薄暗くひんやりした部屋でスラヴ叙事詩の全作品を並べてほしい。

 

世界中に散らばる数々の歴史的遺産や美術品がそれぞれ祖国にはじめから収蔵されていたら、どうなっていただろう?

またはこれから返還されたら、どうなるだろう。そんなことも頭をよぎった。